お侍様 小劇場
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   “秋陽一景” 〜寵猫抄より


いつまでも秋物ジャケットを引っ張り出せない、
夏の名残りの陽気が続いて困っていたものが。

 ふと 気がつけば

朝晩の風の涼しさに おおうと首を竦めたり、
どこからか運ばれて届く、
金木犀のそれだろう、甘く華やかな香りにキョロキョロしたり。
町なかの庭木でさえ色づきを始めており、
その梢からバサバサッと飛び立つは、
澄んだ空気の中、やたら鋭い声をきちぃちぃと立ててく、
今時分の鳥だったり。

 ―― そうだよ、
    あれって秋によく聞こえる鳴き声だ

朝一番に新聞をと出ていったポーチに、
色づいた枯れ葉がばら蒔かれたように散っていて。
庭の奥向きのユズの茂みに、小さな緑の実が育ち始めていて。
一際大きな落ち葉は、
初夏にオレンジ色の果実をもいだビワの樹からのもの。
ありゃりゃ、あんな高いトコから落ちたんだと、
剪定の機を逃した、他はまだまだ緑の葉ばかりの樹を見上げれば。
その向こうには、随分と高くなった秋の空。

 “……こういうのって、
  本当に 気づかぬうちにやって来ているものなんですねぇ。”

リビング前の芝草の上にも、様々なところから風に運ばれたらしい、
多種多様な落ち葉が見受けられ。
それを見つけて“ああもうそんな頃合いになっていたか”と、
後づけで気づいて周囲を見回すという順番になっているなんて。

 “よほどに毎日、楽しいことだらけなんだろなvv”

だって、小さな子供とレベルが一緒じゃあないかなんて、と。
他でもない自分の身のことだのに、
そんな言いようをしての、くすぐったげに苦笑をし。
庭ボウキで掃き集めた枯れ葉を手際よくまとめたところで、
あ・しまったと、ちり取りを取りにポーチの端までを急いで急いで。
たかたかと急ぎ足で元の位置まで戻って来た七郎次だったが、

 「…あ〜あ。」

やっぱりなぁと苦笑した視線の先では、

 「みゃっ、にゃうみぃvv」

小さな仔猫様が、それは素早い突撃を敢行しておいで。
おおかた、かささと乾いた音立てて、
コンクリートのポーチをくるくる躍る木の葉の様に、
彼なりの狩猟本能を刺激されでもしたのだろ。
それらがこんもりと集められてた落ち葉の固まりだなんて、
こんな魅力的な攻撃目標はなかろうて。
前足を地につき、上体を深く低めての伏せの姿勢になり、
後足へバネを溜めてという、狙いを定める姿も一丁前に。
自分で蹴散らしたばかりの落ち葉の山から、
風に煽られてか ひらりはらりと舞い飛ぶクチの小さいの、
真っ赤な双眸でじいっと見据えている格好は、

 “…うあ、なんか真剣なんですけどvv”

間合いを考えず割り込むのは、茶々を入れることにならないか。
何より、これはこれで、
仔猫には必要な“手習い”みたいなもんではないのかと。
そうと思えば、声をかけるのでさえ憚られるような気がしてしまい。
ホウキとチリトリという、庭掃除用具一式を両手に持ったまま、
立ちんぼして見守るばかりとなっている七郎次を、
そちら様はリビングの中から見つけたらしい勘兵衛が、

 「? 七郎次、如何した?」

じっと立ち尽くしているのは…もしやして、
今年最後のアレでも出たかと。
せんせえもせんせえなりの案じから、
お声を掛けて来たのだろうけど。

 「にゃっ! みゃうっ!」

いったん腰を後ろに引いてという、
やはりキチンと理にかなった手順の下、
後足へ溜めたバネを一気に弾けさせた仔猫様。
そんな彼が ぴょ〜いっと勢いつけて飛びついた先にあったのが、
庭履き用のサンダルが置いてあった沓脱ぎ石だったのは、
誰かが企んだことじゃあなかったものの。

 「おおっとぉ。」

飛んで来た小さな覇王様の勢いが生んだ風圧で、
軽々と四散してしまった落ち葉の向こう。
サンダルへと突っ込んだ足、
沓脱ぎ石から降ろしたばかりな勘兵衛の足へ、
久蔵がどーんと体当たりする格好になった顛末には、

 『やっぱり巡り合わせのいい子ですよねぇ。』

だって、勘兵衛様がおいでにならねば、
沓脱ぎ石の方へ頭から突っ込んでいたのですものと。
そうなっていたら、
どれほどの惨事だったかを想像してしまったか。
ふるると肩をすぼめた七郎次が、
感慨深げな声でそうと言いつつ。
何が起きたか、まだ判ってないらしき、
コテンと転げた格好の、小さな皇子様を両手で抱え上げてやっており。

 “いやさすがに、とっさのブレーキをかけておったようだがの。”

あくまでも目標だったのは、その手前の落ち葉の小山だったので。
石を目がけてというほどの向こう見ずから、
突っ込んで来た訳でもなかったようだが…と。
仔猫の小さなオツムが、
スラックス越しに自分の足元へぶつかった感触などから、
そうと解析した上で、真っ当な確信をしはしても。

 “まあ…いっか。”

それを今、口に出したら野暮だろうというのは、
さすがに察した島田せんせえ。
よかったよかったと、
腕に抱えた坊やの柔らかな頬、すりすりと撫ぜてやってる秘書殿に、
花を持たせての黙んまりを決め込み。
みゃ?とやわらかい身をひねって、
肩越しにこちらを見上げてくる坊やの金の髪、
こちらからも大きな手のひらでわしわしと撫でてやる。
確かに…自分たちには抱え甲斐のある大きさの坊やなのだもの、
ああまでの勢いで突っ込んで来たものが、
あんな短い間合いで、そうも咄嗟に、
ピタッと止まれやしなかろと、
肝を冷やすほど案じてしまうのが当たり前。
それに、

 「木の葉が生きてるように見えたんでしょねぇ。」

なんて可愛い和子だろかと、
年端の行かぬ坊やの屈託ない感覚を愛でてやってる七郎次の、
目許を細めた優しい和みの笑顔、
堪能出来たは思わぬ眼福。
同居しているのだからして、
以前からだって、
それは嫋やかな彼の笑みを見る機会は多かったけれど。
こちらからの視線に気がつくと、どうしても
“何か御用でしょうか”というお顔になってしまったり、
はたまた、
腑抜けておれば気遣われるとでも思うのか、
隙なぞ見せぬぞという気を張った態度、ついつい構えてしまう彼でもあって。
伏し目がちにされた目許、金のまつげが落とす淡い陰さえ優しき君の、
和んだお顔をたくさん、目に出来るようになったのだもの。
それだけを取っても、どれほどのこと、
この仔猫には感謝したいか知れない勘兵衛であるらしく。

 「にゃうみゅvv」

軽やかな綿毛に絡まっていた小さな枯れ葉。
ちょいと摘まんで取ってやれば、その手を追って小さな手が伸ばされて来。
そんな愛らしい所作へ、またぞろ女房殿がありゃまあとお顔をほころばす。


  秋の陽のもたらす、金の紗にくるまれて
  自慢の伴侶の美々しさへも甘みが加わり、
  これぞ豊饒と言わずして何としょう。



      ◇◇


…なぞという、妙な散文読むほどに。
女房の美々しさへ内心で鼻の下が伸びていらっしゃる、
島田せんせえも せんせえならば。

 “……えっとぉ。///////”

自分が抱える仔猫越し、
柔らかにたわめられた、そりゃあ暖かな眼差しを向けてくださる御主へと。

 “気づいてない訳がないじゃないですか。//////”

こちらはこちらで、微妙に遅れてではありながらも、
含羞みに頬が熱くなるのが、そのまま ますますの含羞みを呼んでいる、
七郎次の内心の本音であったりし。
以前からだって、それほど気難しいお人じゃあなかったけれど。
いたわるような言葉をかけられても、
それってどういう真意があるのかと勘ぐってみたり、
本気にしてはいませんというよな言い返しをしたりもする、
それは可愛げのない青二才だったこちらのこと。
誤解を自分で紐解くまではと、
ゆったり構えて見守っていてくださった、それは懐ろの深い人。
それに乗じてのよに、生意気な物言いもしたし、
仕事に専念してくださいと、尻を叩いてばかりの気の利かない子だったのにね。

  そんな陰で、どれほどのこと、
  この御主へと のぼせていたことか…。

二人きりのおりには、
ざっかけない態度を常に取ってくださっていたというに。
間近になった精悍な男臭さにあって、
目眩いがしそうなほどアガってしまったこともしばしばだったし。
持ち重りのする大きな手が髪や頬に触れてくれたり、
実際のそれも深くて広い懐ろへ、初めて掻い込まれてしまったときなんぞ。
頼もしい存在感に落ち着く…どころじゃあない、
そのまま意識が蒸散してしまうのじゃないかと思ったくらい、
そりゃあドキドキしたし、挙動も十分不審であったはずで。

  そして、そんなときめきは、
  今だって現在進行形で続行中で。
  胸底から発しての頬へまで、かあっと押し寄せてくるものなのに。

ずんと落ち着いたなんて思っておいでなら、それは大きな間違いですのにと。
真正面から直截に言えたら苦労はしないよね。
閨だとまだ薄暗いから、あのその、
真っ赤になってたって気づかれはしなかろうけれど。
こうまで明るい陽だまりの中で、
吐息さえ届きそうな間近によるなんて、
今でも実はドキドキがしなくはない、立派なサプライスなんだのにね。

  でもでも、あのね?

仔猫の愛らしさに見惚れておいでの隙をつき、
野生味あふれる、それは男らしいお顔、
ここまで間近から見つめても平気になれた。
さりげなくその手が伸びて来て、こちらの頬に伏せられて。
あれれ? あの、あれ?
深色の瞳は真っ直ぐにこちらをご覧だけれど、
もう片方の手は、
そおっとながらも久蔵のお顔の目許辺りを覆っておいでで。


  あ………これって、もしかして。////////


上背のある存在感が、ふわっとますますの至近まで近づいて。
その大きな体にくるまれたような気がしたほど、
間近な匂いと温みを感じ取りった頃にはもう、
こちらの口許にやわらかな熱を感じてる。
抱えた坊やを離しも出来ずで、ああ狡いなあと思いつつ。

  それでも、あのその。
  秋の朝早くは、ほらあの、そろそろ肌寒いから。

それで ほだされちゃったんだとの言い訳に辿り着くころには、
唇もとうに離れての、
ちょいと意地悪な御主様が、
何か聞きたげにそちらを覗き込んでおいででしょうにねと。
小さな瞳をパチパチと瞬かせ、
瑠璃色の小鳥が一羽、モクレンの梢で小首を傾げておりました。





   〜Fine〜  2010.10.17.


  *小さな仔猫様を出しにして
   いい大人が二人、
   体よくいちゃついておいでの、秋の朝一景。
(笑)
   ホントは まだまだ慣れてなんかない。
   勘兵衛様にはドキドキしっぱなしという、
   秘書殿のヲトメな一面を綴らせていただきましたvv
   勘兵衛様も薄々気づいていればこそ、
   シチさんの久蔵への“萌え”を、
   窘めもせずの苦笑交じりに見守って来たらしくって。
   …つまりは、二人して仔猫の坊やを出しにしとるワケやね。
   (大人って…っ)

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